空席がありませんでした

2023演奏パーティー(発表会)が盛況のうちに終わりました。

小5生徒のピアノ伴奏をする井藤

神楽坂THE GLEEは広い会場ではありませんが、座席はすべて埋まりました。幸い、立ち見になる方もいらっしゃらなかったようです。混み具合としては2019年以前の密が戻ってきた感じで、来年もさらに人々が集い、楽しめる会になればいいなぁと思っております。

斎藤先生のバンド、チン・パン・アレーの演奏中に「弾きませんか」の目配せをピアニストにされて飛び入り

 

 

 

 

 

井藤 好

 

 

 

 

今年の演奏パーティー(発表会)は12月17日です

2019以前のように2日間に分けなければならなかった頃が次第に懐かしい記憶になってゆきますが、参加人数少なめながらも、今年も音楽の楽しさは変わらず、充実した一晩になればいいなと思っております。

 

入場料は、1ドリンク付きの税込800円です。どなたでもご覧になれますので、どうぞお気軽にお出かけください。

 

お問い合わせは

090-7847-1094

あるいは、

ko-ito@pianobeetle.com 

まで

 

 

井藤好

片対数グラフという代物

今週のお題「急に寒いやん」

↑Hatena Blogさんからいただいたお題

 

 

もう道にはがいっぱい落ちています。

 

今週、私の群馬の住まいで、夜は湯タンポ入れて眠り、早朝はエアコンの暖房を入れて、ちょっと、数学の勉強をしていました。

 

数Ⅱ対数について学んでいたので、ちょうど動画で見た村上康文先生のレクチャーがよく分かりました。片対数のグラフと言うのだそうで、縦軸が対数になっているのですね。底が10の常用対数です。

 

これだと、比べる相手が万の位の値(10の4乗)で、自分が百の位(10の2乗)であって、圧倒的に負けているのに、均等メモリとしては2メモリ(4乗マイナス2乗)しか差がないし、百の位での50の変化と万の位での5000の変化がメモリ上では同じ起伏に見えるんだ!

 

なんで、こんな表現をするのか。

対数なんて分からない(すっかり忘れた)ご老人や、まだ習っていない子供たちを幻惑するつもりなのか?

困ったものだ。

https://x.com/yamajitoru/status/1700134897703395721?s=20

 

ちなみに、ピアノの鍵盤も対数メモリになっているからね。

周波数を真数として、440HzのA音が、白い鍵盤を7つ上がったA音で2倍の880Hzになり、さらに7つ上がったA音では4倍の1760Hzになる。続いて同様に8倍、16倍に。

440HzのA音の隣のB音は約494Hzだけど、1760HzのA音の隣のB音は約1976Hz。

つまり、鍵盤としてはどちらも同じ幅なのに、一方は494-440=54の差、他方は1976-1760=216の差になっている。

 

対数メモリは小さな差を大きく見せ、大きな差を小さく見せる時に、都合がいいわけだ。

中和抗体価の見比べにこれを用いるとは、悪辣やな。

 

 

井藤 好

 

 

トンビは英語でKITE(凧)

夏が終わると稲刈りの時期がやってきます。写真は8月28日の午後6時半に撮ったものです。

すっかり首を垂れる(こうべをたれる)稲穂をカラスから守ろうとトンビ(鷹)が田んぼ上空を輪を描きながら飛んでいます。・・・いいえ、これは凧です。釣り竿のようなものが地面を刺すように立てられており、それとつながれている凧です。1ヘクタールに1羽~3羽程度しかいませんが、不思議とカラスがやってきません。

 

今年の夏は長い間かなり気温が高く、そのせいで田んぼの水が温まりすぎてしまうので、7,8月は、田の持ち主の方も、冷たい水の供給に心を配っていらっしゃいました。

 

東京は少しずつですが気温が下がりはじめ、今朝は雨が降り、気温的にはしのぎやすかったです。もうじき、体に優しい秋がやってきますね。

 

 

ところで、私は、2020年に世間が騒ぎ始めてから今日までとうとうコロナにもインフルエンザにもなりませんでした。少なくとも、症状というものがありませんでした。一度だけ、朝に38度の熱がありだるかった日がありましたが、咳き込むような風邪症状や味覚障害もなく、熱もその日のうちに引きました。ワクチンはインフルエンザ、コロナとも打っていません。これから罹るのかもしれませんが、今までと変わらず、気にせず、実りの秋を迎えようと思います。

 

皆様、それぞれ、実り豊かな秋をお迎えますよう。

 

 

井藤 好

 

 

葡萄さんの漫画

私がフォローしているツイッターアカウントの方の達者な漫画

葡萄さんはTwitterを使っています: 「『素顔でいる決心をしたお母さんの話』 以前リプでリクエスト頂いたので近い内容のものを描いてみました。FFさんとのやりとりも参考にしました。 脱マスク/ノーマスク/マスク依存/漫画 https://t.co/2QHlrd3bPf」 / Twitter

 

実際、複数のお母様方から、よく似たお話を聞いた今日この頃。

 

 

井藤 好

ひなげしの花言葉

ねこバスが飛ぶように走る、風の通り道。

ここでGWを満喫した。

もちろん、ピアノの練習も欠かさない。

大好きなKAWAI RX-5のまろやかな響き。

道端にはやたらと、ひなげしの花が、可愛らしく咲いている。

ひなげしの花言葉は「思いやり」

 

しかし、思いやり、という言葉にはこの3年間で、この花のような控えめでさりげないイメージがなくなり、図々しく押しつけがましいものになってしまったのではないか。

 

安部公房の戯曲に「友達」がある。

独身男が一人で住むアパートの部屋に突然押し入って、思いやり(隣人愛)を押し付けてくる8人家族の話。

家族は、善意の塊であるが、その善意がともすれば男の人権を侵害していることには気づかない。あるいは気づいても認めない。これが、ここ3年間の感染対策に似ている。

 

思いやりというのは、相手の気持ちを想像することだが、その想像が間違っている、あるいは幻想であることもある。しかし、とにかくそうした思いやりが集まって、世間ができている。

 

この、世間の構成要素である思いやりが、個々の人権を踏み潰し、国の勧告さえも無視することがあった。例えば、国に外すように言われても、周りが着けているからという理由で外せない、善意のマスクがそれである。

 

「友達」の中で、思いやりの押し売りを拒み、人権を主張し続けた独身男は、8人家族の次女によって毒殺されてしまう。毒殺した次女が言う言葉。

「さからいさえしなければ、私たちなんて、ただの世間にしかすぎなかったのに」

 

戯曲「友達」は昭和42年(1967)に『文芸』に発表。その元となった短編小説「闖入者」は昭和26年(1951)に『新潮』に発表された。

 

井藤  好

 

 

 

 

 

 

花桃街道を歩く

わたらせ渓谷鐵道花輪駅は、私の住む街の駅、大間々から電車で20分。

駅で降りると駅猫がいて、郵便局のおじさんに餌をもらっていました。

近寄ると甘えるようにおしゃべりを始め、いくらでもモフモフさせてくれました。三毛猫です。

花輪(みどり市東町)には「花桃街道」があり、それは、約2kmにわたって続く「しだれ桃」の美しい樹木のオンパレードです。

 

今日は天気がとても良く、春爛漫でした。森の若葉の香りでいっぱいの空気がとても美味しく、素晴らしい散歩ができました。

 

すれ違う人はまばらで、100m歩いて1、2人です。しかし、驚くべきことに、そのほとんどが😷をしていたのです。重度の花粉症なのでしょうか?

え、すれ違った人のほとんどが花粉症?

 

理由は分かりませんが、何らかの病気のせいで😷を着けて、春うららかなこの森の空気をストレートで吸えない人ばかりとは、本当に気分が下がる残念な光景です。私としては、そこはできるだけ見ないようにして、美しい花と美味しい空気を堪能した幸福な午前でした。

 

井藤 好